A Life Less Ordinary

Webエンジニアのポエム

向こう10年を考える

気がつけば社会人まる10年やっている。
就活のときは、これといって夢があるわけでもなく、10年先のことなんて考えることもせず、ただ都会に憧れてWeb制作に関係する東京のイケてる会社を受けまくった。
しかし、思うように内定取れず、やっと内定頂いた会社では刺激的なことが多かったのだが、思い描いていた憧れの都会生活・新社会人生活とのギャップにもがく日々。
大学時代の彼女とも別れたのもあって、飄々とやってるつもりで精神が緩やかに悪くなっていった。
今思えば、若さで気づかなかったけど都会で独りというのは自分に合わなかった。

このままではまずいと思い、意を決して転職。
地元に近い福岡で腰を据えて暮らそうとした。

次の会社は、設立から浅く、面白そうな仕事をしているベンチャーだけどちゃんと会社の体を成してて、社長ともウマが合いそうなところがよかった。
なんとも冒険しきれない要望ではある。
ただ、そんな要望を叶えるWebシステム開発の会社に運良く入ることができた。

若くかつ地方の会社ながら当時は、土曜出勤があって自己の研鑽時間に充てれたり(つまりはお給料を貰いながら勉強ができる)、遅刻するとスタバを奢らされるといったユニークな罰があったり、アフロな人がいたりと面白い会社だった。
仕事内容は、やったことないRubyをいきなり任されそれまでやってたJavaのクセが抜けきれずにJavaっぽいRubyを書くねと言われたり、少しだけ興味のあったスマホアプリの開発を本格的にすることになり外注で来てくれた方にObjective-c教わったり、何かよくわからないけど社員が考案したWebサービスを引き継いで鬼軍曹にUIについて厳しく問い詰められてTry&Errorを繰り返したり、研修で行ったアメリカでは入国審査で止められて別室で問い詰められたり、AWSの黎明期に構築し終わったEC2をAMI取らずにTerminateして肝を冷やしたり。
自分は会社の中でも割と幅広い経験をさせてもらった方だと思う。案件としても「面白い」と思えるものばかりやらせてもらった。会社に幅を持たせることができたのではないかと自負している。

で、これといって何かに抜きん出ているわけではないが、フルスタックエンジニアというものに近い能力は身についた。一人でそこそこはできると思う。





ただ、ここ数年思う。
「何でもできる、は、何もできないのではないか」と。
自分が対応可能な領域には、それぞれにエキスパートがいる。当然、その人たちには勝てないし、いつも打ちのめされる。
その最たる例がRubyKaigiだった。一応自分にとってのメイン言語はRubyだが、年に一度のカンファレンスであるRubyKaigiにいくといつもやるせなくなる。そこで発表される内容にあまりついていけない。自分はRubyに"使わされている"と思い妙に焦燥感が出る。Rubyのコミッターの方々には、何も勝てる気がしない。
それだけでなく、iOSAndroidAWS、UXの勉強会でも、最前線を進んでいる人を見るといつも負けた気がしてしまうし、自分は一体何をしているんだろうと思う。悔しくもあり、かといって今更追いつけないやという諦めもあり。

また、社会人としてのポジションも中途半端だ。
自分は受託開発のPLもやったし、WebサービスのDevOpsも経験した。
ただ、「経験」したに過ぎず、これも何か抜きん出ているわけではない。「無難」にこなすことはできても、納品のない受託開発を掲げるような倉貫さんにはなれないし、福岡のWebサービスを牽引してきた縣さんにも敵わない。

とにかく、たぶん、中途半端にいろいろできるがゆえに、勝負できそうな領域が多い分、負けると感じる機会も多い気がする。機会が多いから負けっぱなしになって、「俺って何もできねえ」と思うんだと思う。


この10年はいろんな経験をさせてもらった。これは間違いなく自分にとってはよかった。若いうちから何かに縛られるようなことは、たぶん性格に合わない。
問題はこれから。この先10年で自分がどうなっていたいか。
10年後は43歳。子どもは12歳でもうすぐ中学生だ。たぶん実家の熊本に帰っているだろう。
熊本でどんな仕事をしているのか。家業を引き継いでいるのか、プログラミング講師でもしているのか、今の会社のままリモートワークしているのか、Webサービスを手がけているのか、閉鎖的な風土に嫌気がさして離れているか、何かに夢破れただひたすらライン作業に徹する日々か。
今書いたことは、割とどれも選択肢として考えてはいる(ラインは嫌だけど)。当然、思いがけない仕事をしていたりするかもしれない。
ただ、一つだけ言えるのは、10年後も、「この先10年で自分がどうなっていたいか」なんて考えたくないということだ。
今は「私はコレで生きていく」というモノが欲しいのだ。決して無難ではない、誰にも負けない何か。
それはもう、ここ1年以内には見つけないといけない気がしている。
時間はちっとも待ってくれない。